無能?

 先日ネットニュースをぼんやり見ていたところ、なんとなく目についた記事。

とある方がSNSでつぶやいた一言がバズってるとかなんとか…

その内容というのが、

ベンチャー時代のNETFLIXが資金繰りに困り、有能な社員のみを残して全社員の3割を解雇したところ、急な人手不足で業務が回らないどころか「誰かのミスをフォローする仕事」がなくなり、仕事の質とスピードが大幅に上がったらしい。やはり「愚鈍な味方は有能な敵より恐ろしい」は真理だと思う

というもので、これに共感の声が多数寄せられているとか…

 

 「真に恐れるべきは有能な敵ではなく、無能な味方である」

フランスの皇帝、ナポレオン・ボナパルトの言葉です。

そうですねぇ…

確かに”命のやり取り”をするような局面に至った場合、ここで言う「無能な味方」の存在は邪魔でしかないでしょう。

その人物のミス一つで、ひょっとしたら大勢の「有能な味方」の命を危険に晒すかも知れません。

でもその「無能」の定義ってどういうものなんでしょう…

会社という組織の視点で見た場合、「ミスを犯す事」=「その人物が無能」では、やや短絡的過ぎるように感じるのです。

 

 よく戦争理論や戦術を応用した経営戦略などがありますよね。

代表的なものは『ランチェスター戦略』などでしょうか。

マーケットシェア戦略など、多くの企業が目標指数に置いているものと思います。

それ以外にも「孫子の兵法」や「クラウゼヴィッツの戦争論」など、確かにビジネス戦略に通ずる思想はたくさんあります。

ビジネスは戦争だ!

そう言い切ってしまえばそれまでです。

でもそれをあまりにも盲目的に鵜呑みにして、『軍隊』⇒『企業(組織)』に置き換えてしまうことには、やや抵抗があるんです。

もちろん為になる格言もいろいろありますので、全否定するつもりはありませんがね…

 

無能な働き者

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、旧ドイツ陸軍総司令官のハンス・フォン・ゼークトの組織論です。

その中で有名なのは、「4つの分類」と言われるもの。

ここでゼークトは、人間は4つの分類に分けられる…としています。

それは『働き者』『怠け者』『有能な者』『無能な者』の4種類であると。

そしてこの分類から

  • 「有能な働き者」は参謀に置け ・・・ 自ら考えて実行できるので、部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方が良い。あらゆる下準備も施すことができる
  • 「有能な怠け者」は前線の指揮官に置け ・・・ 怠け者であるが故に部下の力を最大限発揮させようとし、如何に簡単に勝利できるか考えることができる
  • 「無能な怠け者」は総司令官や連絡将校、または下級兵士にせよ ・・・ 自ら考えて行動できないので、参謀の進言や上官の命令通りに動くことができる
  • 「無能な働き者」は直ちに銃殺せよ ・・・ 働き者ではあるが、無能であるが故に間違いに気づかず、進んで実行してさらなる間違いを引き起こすため

としているのです。

んんん…

3つ目もやや引っかかるんですけどね…

無能な怠け者⇒総司令官(=会社では経営者!?)…確かに私自身「有能」で「働き者」だとは思っていませんが…

それよりもやはり4つ目の『無能な働き者は直ちに銃殺せよ』が引っかかるんです。

これを会社に置き換えれば「銃殺」=「解雇」となるのでしょう…

 

働かないアリ

2-6-2の法則というものがあります。

いわゆる「働きアリの法則」として有名なヤツです。

似たもので「パレートの法則(80:20の法則)」というものもありますので、まずこちらから…

要約すると「全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部の要素が生み出している」というものです。

例えば

ビジネスにおいて、売上の8割は全顧客の2割が生み出している。よって売上を伸ばすには顧客全員を対象としたサービスを行うよりも、2割の顧客に的を絞ったサービスを行うほうが効率的である。

商品の売上の8割は、全商品銘柄のうちの2割で生み出している。

売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している。

仕事の成果の8割は、費やした時間全体のうちの2割の時間で生み出している。

故障の8割は、全部品のうち2割に原因がある。

みたいなことです。

なんとなく雰囲気は伝わりますよね?

 で、先述の2-6-2の法則というのは、働きアリの集団行動習性のことなのですが、

働きアリのうち、よく働く2割のアリが8割の食料を集めてくる。

働きアリのうち、本当に働いているのは全体の8割で、残りの2割のアリはサボっている。

よく働いているアリと、普通に働いている(時々サボっている)アリと、ずっとサボっているアリの割合は、2:6:2になる。

よく働いているアリ2割を間引くと、残りの8割の中の2割がよく働くアリになり、全体としてはまた2:6:2の分担になる。

よく働いているアリだけを集めても、一部がサボりはじめ、やはり2:6:2に分かれる。

サボっているアリだけを集めると、一部が働きだし、やはり2:6:2に分かれる。

これらを指して2-6-2の法則と言われています。

そしてこの「働きアリの法則」は人間社会にも通ずるものがある…と言われています。

例えば、プロスポーツの世界でも良く働く「有能な」スター選手ばかり集めても、その全員が活躍してチーム成績が良くなる…ってものでもないですよね?

 

 では「働かないアリ」、つまりサボっている「無能な」2割を全て排除するとどうなるのか…

結局一部がサボり始めて、結果的に2:6:2の比率に分かれるんです。

言い換えると、”「無能な者」を排除すれば良い”という単純な話ではない…とも言えるわけです。

更に問題だと思うのは、「普通に働いている(時々サボっている)6割」の中から「ずっとサボっている2割」が生まれてしまう…つまり「頑張っていた人が頑張らなくなってしまう」ということ。

これでは個と組織の持続的な成長、良い意味でのサイクルアップから逆行することになってしまいます。

  

「働かない2割」を放置していて良いのか…?

 ここからがアリの集団と会社組織では違ってくるんだと思います。

アリ社会には労働に対する対価が無いので、「働かない2割」を放置していても本能的に2-6-2の比率を維持し続けるのだと思います。

しかし人間社会では労働には相応の対価が支払われますよね?

そしてそれは仕事の成果やプロセスを評価して決められるわけです。

仮にアリ社会の様に対価や評価の無い、つまり正当な対価や評価が得られない会社であった場合、「良く働く2割」も「普通に働く6割」もモチベーションが低下して、「働かない2割」に振れていってしまうのではないでしょうか…

「やってもやらなくても同じ給料」だったら、やってられなくなりますよね?

よって必要なことは、仕事の成果やプロセスを公正に評価した上で『評価差』を与え、仕事の質や量に応じた適正な対価を支払うことなんだと思います。

「やったらやっただけの評価」「やらなかったらやらなかったなりの評価」ではあるべきです。

 

泳がない者は溺れろ!

 少々キツイ表現ですが、私は常々そう思っていて、実際そんな言葉を発することもあります。

でもその真意は「出来ない人」は切り捨ててしまえ…というものではありません。

どんな困難な状況でも、もがき苦しんで足掻き続ける限り、私たちはその人を必ず引き上げようとするという『覚悟』の逆説的表現なんです。

そして投げ出したり逃げ出したり、諦めたりすることは「許容しない」という意思表示でもあります。

もちろん全員が同じ速度で走ることはできません。

でも同じゴールを目指して走っているのであれば、時に手を引き背中を押す仲間がいてもいいじゃないですか…

そうしてみんなが共に成長することを志向できる集団こそ、『最高の組織』なんだと思っています。

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