努力の意味

 

 

 5月15日、北中米ワールドカップに挑むサッカー日本代表の最終メンバーが発表されました。
ええ、先週私が張り切って予想していたやつです。。。
結果的には私は選出されないと思っていた長友選手が入り、鎌田選手のバックアップには必須と考えていた守田選手が選外・・・
大きな可能性を感じるから入れて欲しいと思っていた佐藤 龍之介選手も選外となってしまいました。
ただラッキーボーイ枠として期待していた塩貝選手と後藤選手は、無事に選出されていましたね。
もう決まったことですから、今更人選についてどうこう言っても仕方ありません。
とにかくあと一ヵ月ですから、少しでもクオリティとコンディションを上げていってもらって、優勝目指して頑張ってもらいたいと思います!

ただ一つ非常に残念だったのが、先週の予想でも「確定」と考えていた三苫選手が選外となってしまったことです。
その週末のゲームでケガを負ってしまい、ワールドカップの期間中に復帰するのは不可能と判断されてのことでした。
これはチームにとっても大きな痛手となってしまいました。
尤も一番悔しいのは三苫選手自身でしょうけど・・・
実際三苫選手以外にも、ケガの影響で南野選手や町田選手なども選ばれませんでした。
ケガさえなければ恐らく選出される可能性も高かったと思われますので、それは悔しい思いをしているだろうと思います。

もちろんサッカーに限らず、スポーツにケガは付き物です。
それだけ日々全力で取り組み続けなければ結果が付いてくるものでもありませんので、ある程度仕方のない部分もあると思います。
でもワールドカップやオリンピックなどの4年に一度しかチャンスの無い大会のタイミングでのケガは、本当に悔しいでしょうね。
その大会に懸けてきた選手の気持ちを慮ると、とても辛い気持ちになってしまうものです。。。

 

 努力は必ず報われる?

 

 

 その昔、世界のホームラン王こと王 貞治氏が
「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力とは呼べない」
と言っていたそうです。
仮に努力が報われていないと感じるのであれば、それは努力の仕方が間違っているか、努力の質や量が不充分である・・・

真の努力とは必ず成果を伴うものである。
あらゆる職業に於いて、それを生業とするプロなのであれば、弛まぬ努力によって成果を上げなければならない。
報われない理由を外に求めるのではなく、常に自責で考えてベクトルを自分に向ける。
正に王氏のプロ意識というか、強い信念を感じる言葉ですね。

同じく歴代最高のサッカー選手の一人、アルゼンチンのリオネル メッシ選手は
「努力すれば報われる?そうじゃないだろ。報われるまで努力するんだ」
と言いました。
そのプレーから「天才」と言われることも多いメッシ選手ですが、実は幼少期に成長ホルモンの分泌異常による低身長症と診断されています。
そこから治療を続けながら努力を重ね、体格に劣る大きな選手を相手に結果を出し続けているんです。

諦めなければ負けではない。
成果を上げるまで粘り強く努力し続けること。
幾度となく報われない瞬間を経験してきたメッシ選手だからこそ、その継続性が重要であると言ったのでしょう。

 

 その道を極めた人の言葉にはやはり重みがあります。
でも誰もがそうやって努力を重ねられるものでもないんですよね。
こと私たちが日々過ごしている日常では、別の価値観も広がっていることを痛感するんです。
「頑張ったら負け」
「努力するのってダサい」
そんな雰囲気、感じることありますよね?

だけどそんな現代社会だからこそ、努力することの意味、その価値が上がっていると思うんです。
ケガの為に今回のワールドカップの最終メンバーから漏れてしまった三苫選手。
彼の前回大会クロアチア戦(PK戦の末敗退)後の号泣インタビュー、このタイミングで見てみると更に胸を打つものがありました。

「次のワールドカップで勝てるように、またやるだけです」
泣きながら4年前にそう誓った選手が、直前にケガを負ってしまうという現実。
きっと私たちの想像も及ばない努力を積み重ねてきたからこそ、世界一のプレミアリーグで活躍できる選手になれたんだと思います。
悔しいだろうなぁ。。。
今回選ばれた選手たちには、そんな努力が報われなかった選手の気持ちも背負って頑張ってもらいたいと思います。

 

 

 成功の条件

 

 努力したにもかかわらず報われなかった人を見て
「ほら、だから努力したって無駄じゃん」
と言う人もいるでしょう。
報われないかも知れない努力ならしない方が良い。
そうネガティブな思考を強化してしまう人もいるかも知れませんね。
でも本当にそうでしょうか・・・

「努力は必ず報われるとは限らない。でも成功した人は必ず努力している」
これは今や史上最高の野球選手とも評されるドジャース 大谷選手の言葉です。
同じ言葉を松下 幸之助さんなども残していますね。

努力は裏切らない・・・なんてことはありません。
三苫選手を見て「努力が足りないんだ!」なんて言う人はいませんよね。
それでも報われなかった。。。
つまり報われなかった人すべてが努力していなかったわけではないんです。
でも報われた人の中には、努力をしなかった人は一人もいません。
つまり「努力をする」ということは、報われる為の『必要条件』であると言えます。

であるならば、成功したい、何かを成し遂げたいと願うのであれば、努力しないという選択肢はないはずですよね。
それは必要条件なんですから。
そして王さんやメッシ選手は、「どう努力すべきか」というところにフォーカスして先述の言葉を述べたんだと思います。
努力の「質」や「継続」の重要性は言うまでもありませんよね。

 

 

 最後に紹介するのは、私が大好きなイチローさんの言葉です。
「努力が報われるとは限らない。もっと言えば、努力と感じている状態はまずい。その先に行けば、きっと人には努力に見える、でも本人にはそうじゃない。そんな状態が作れれば、勝手に報われることがある、ということ」
「努力って言うのは本人が決めることじゃない。目指してほしいのは、人が見ていたら努力だと思うけど、本人はそう思っていない状態。私にとっては普通のことなのに、なんか周りは評価してくれる、だったらすごく良い状態」

つまり自分で「自分は今努力をしている!」「自分はこんなに頑張っている!」と思っている程度ではダメだということです。
そもそもその努力を自己評価することが間違っているわけですが、それ以上にその努力が本人にとっての習慣になっていなければならないということでしょう。
それが当たり前のこととして習慣化されれば、本人にとって最早それは努力でさえないということです。

そしてイチローさんは
「小さいことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただ一つの道」
とも言っています。
いきなり大きな成果を出そうとして無茶な努力をしようとしても、それは持続性も無く習慣化も出来ません。
だから目の前の小さな努力の積み重ねこそが、大きな成功への道だとしています。
そう考えれば、努力することのハードルは少し下げることが出来るかも知れませんね。

 

 プロスポーツ選手でなくとも、日々努力を続けることはとても大切なことだと思います。
もちろんそれは出来るだけ報われるべきだし、報われるための努力の仕方をしなければなりません。
そしてその結果は問われて当然です。

ただその上で、報われなかった努力には意味が無かったのか・・・と言えば、それはそうではありません。
そのプロセスで得られたものも同時にあるはずですから、そこからまた頑張れば良いんだと思います。
今回落選してしまった選手たちも、もうすでに「次」に目を向けているでしょう。
私も日々努力を惜しまず、頑張っていきたいと思います。

 

 

 

 

 

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