
その昔は「若いうちの苦労は買ってでもしろ!」なんてよく耳にしました。
もちろん私もそういうニュアンスのことを言われたことがあります。
それこそバイト先のマスターなんかにはよく言われたなぁ・・・
(何言ってんだよ・・・)
(苦労なんてしなきゃしないだけ良いに決まってんだろ・・・)
なんて十代の私は思っていたものですが、やはり数々の荒波を越えてきた人の言葉はそれなりの重みがあり、今でも何となく心に残っているものです。
当然ながら「すべき苦労」と「すべきでない苦労」はあります。
すべきでない苦労に時間を掛けられるほど、人生は長くありません。
でもその人生を豊かなものにしたいのであれば、すべき苦労にまで背を向けてばかりいてはダメなんです。
逆境こそが成長のチャンスであり、その先にこそ進むべき明るい未来がある。
私はそう信じています。
動機と糧

「荷物の無い船はまっすぐ進むことは出来ない」
どこの誰かは忘れましたが、確か海外の哲学者の言葉です。
これは実際に船はある程度の荷を積んでいないと不安定で上手く進むことが出来ないことから、人生に於いてもある程度の苦労や重圧、逆境が必要である・・・とした言葉となります。
何度も言いますが、不必要な荷物を積む(苦労をする)必要はありません。
それにその船の積載量、つまりその人に許容できる量の負荷でなければ、その船(人)は沈んでしまいます。
それは言うまでもないことですよね。
例えばサービス残業は当たり前、いじめやパワハラが横行するようなブラック企業で社畜のように働く・・・
「そういう苦労も必要だ」なんてことはありません。
そんなところにはさっさと見切りをつけて転職してください。
その荷物を背負ったところで、その人には何のメリットも無いですからね。
そこで我慢し続けることは、その上司の悪行を助長し、その会社の悪い体質を強化することになるだけです。
どうせ「沈みゆく船」ですので、早々に退散するのが賢明と言えます。
でもそれが積むべき荷物なのであれば、それは降ろしてしまってはいけません。
確かに一瞬は操舵も軽くなり、荷物が無い分推進力も増した様な気になるかも知れませんね。
人生で言えばあらゆるストレスや責任から解放され、一時的には自由を謳歌することも出来ることでしょう。
ただ、本当にそれでいいのでしょうか・・・
そこがその船の終着点、その人にとってのゴールなのであればそれも良いでしょう。
それ以上進む必要が無いのですから、身軽になって好きにすればいい。
でももしその船、その人がまだ前進しようとするのであれば、荷物を全て降ろしてはなりません。
船が空荷だと不安定になるように、その人の行く先もフワフワとただ彷徨うだけのものになってしまうものです。
ではなぜある程度の荷物(苦労)が必要なのか。
その理由の一つは「動機」です。
例えば何の責任も無い人と何らかの大きな責任を負った人、どちらが逆境を乗り越えられるでしょうか。
何のストレスも無い人とある程度のストレスを抱えた人、どちらが目前の障壁を打ち破る知恵を生み出せるでしょう。
前進しようとする人にとって、その苦労は「負担」ではなく困難を打ち破る「動機」となるものです。
もう一つの理由は、その苦労は「成長の糧」となるからです。
苦労を回避し続けてきた人は成長することが出来ません。
いわば「べた凪」の海しか渡れない筏(いかだ)みたいなもの。
一方で苦労に直面しながらもそれを乗り越えてきた人は、逞しく成長するものです。
それは少々の風雨に曝されても、強力な推進力で荒波を軽々と乗り越えていける大型船。
もしあなたに行きたい場所があったとして、どちらの船に乗りたいと思いますか?
言わずもがな・・・ですよね。
宝の船

以前MLB殿堂入りレジェンドであるイチロー氏と、元サッカー日本代表キャプテンの長谷部氏が、インタビューで同じようなことを言っていました。
それは「目の前に楽な道と困難な道があったら、迷わず困難な道を選ぶ」ということ。
その思考こそが、両者が世界的な選手となることが出来た原動力なんだと思います。
逆に「超高校級!」なんて騒がれてプロ入りしたものの鳴かず飛ばず・・・みたいな残念な選手もたくさんいます。
そりゃあそれなりの努力はしていたんだと思いますよ。
でもやっぱり「楽な道」を選んじゃったんだろうな・・・と思えてしまうんです。
そんな話がチラホラ漏れ聞こえてきたりしますしね。。。
もちろんこれはスポーツの世界の話に限ったことではありません。
一般社会でも、その日常の仕事の中でも、そんな分かれ道はたくさんあるはず。
そこで苦労の無い方、ストレスの無い方、楽な方楽な方・・・と選んでしまえば、自ら成長の機会を放棄しているのと同じことです。
最初は(重いなぁ・・・)なんて思ってしまうかもしれない積み荷も、気付けばいつの間にか自分自身の財産となっているはず。
そしてそれがブレずに前進する針路を定め、次の荒波を乗り越える推進力となり、どんな困難にも負けない「宝の船」になるんです。
今の若者に「若いうちの苦労は・・・」なんて言うつもりはありません。
すべきでない苦労も、背負うべきでない荷物もあります。
ただただ私は、安易に逃げずに闘え・・・そう願って止まないだけです。
逃げ癖が付いてしまったら、そこからの軌道修正は非常に難しいものだと思いますよ。。。
(逃げてるなぁ・・・)
そう思われる人がいます。
本人は”やっている感”を出して取り繕っているようですけどね。
でもその逃げの姿勢は当人が思っている以上に周りには透けて見えているんです。
本人にも以前「今のままの仕事のやり方ではダメだ」という話をしたことがあります。
ただそれ以降もあまり変化が見られないんだよな・・・
口先だけで上手く立ち回ろうとしている様にしか見えません。
能力が無いわけではないので、とてももったいなく感じます。
(自分のことかな?)と心当たりのある人は、今一度自分の仕事、取り組む姿勢についてよく考えてみてください。
その積み荷を「負担」にするのか「財産」にするのか、決められるのは「自分」だけです。
筏のままじゃ、この先は進めませんよ。。。
あなたの記事、いつも楽しく読ませていただいています。週に一度の投稿はとても素晴らしく、個人的にもよく拝見しています。 最近、こんな言葉を目にしました。「早く行きたければ一人で行け。遠くへ行きたければ皆で行け」——これはウォーレン・バフェット氏の言葉だそうです。 それに加えて、アメリカの哲学には「鎖の強さは最も弱い輪にかかっている(The chain is as strong as its weakest link)」という考え方もあります。 私はいつも「木桶の哲学」や「根っこの哲学」といった教訓を心に留めています。 誰もが自分自身の「生きがい(ikigai)」を見つけたいと思っていますが、それを育てていくのは本当に難しいことですね。
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