アジテーター

 

 

 リーダーを和訳すると「先導者」となります。
これは既に一般的に認知されている言葉であり、その役割は組織を率いて目標を達成する重要な役割のことを指します。
一方似た言葉として「アジテーター」という言葉があります。
和訳すると「扇動者」。
読みは同じ「せんどうしゃ」ですが、その文字が示す通り意味合いは少し違います。


扇動者というとちょっと悪いイメージの方が強いかも知れません。
多くの場合これは政治的な意図や特定のイデオロギーに基づいて大衆行動を指揮したり、集団心理を利用して偏った思想に誘導したりする人のことを指すからです。

でも私はそれも良いリーダーに必要なの要素の一つなんじゃないかと思うんです。
「扇動」の定義によりますし、それが多くの人にとっての「善」にはなり得ない方向へ導くものならば、必ずしもそうとは言えません。
でもそれが人々を鼓舞し、勇気や希望を与えるようなものであったらどうでしょう。
チームのモチベーションを高め、メンバーのベクトルを揃え、チーム一丸となって目標に向かって取り組む。
それが相乗効果を生んで成果を最大化する・・・そんなポジティブな扇動もありますよね。

リーダーシップを発揮するには、対となるフォロワーシップがなければなりません。
「笛吹けど踊らず」では意味がありませんからね。
そういう意味でも、チームを動かすにはアジテーターによるポジティブな扇動が時に必要なんだと思うんです。

 

 小善と大善

 

 アジテーターによるポジティブな扇動は、「洗脳」ではありません。
あくまでもそれはメンバーによる自発的な意思によるものです。
そしてその根底にあるのは、信頼関係です。
そもそも基本的な信頼関係が構築できていない相手の言葉では、メンバーは付いて行くことなんて出来ませんよね。
ではその信頼関係はどう築けばよいのか・・・

私自身も当社のスタッフとちゃんと信頼関係の構築が出来ているかなんてわかりません。
相手のあることですし、自己診断はできないものです。
でもその為にいつも心に置いている言葉があります。
それは「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」というもの。

これは目先の利益や利己的な思考に基づく善行(小善)は、後に相手を苦しめることになる(大悪)。
一方長期的な視点で利他的な思考に基づいた善行(大善)は、その時点では相手にとって困難なものである(非情)。
ということです。
ちょっと分かり難いですね。。。

上司と部下の関係でも、信念なく部下に阿って迎合する様な上司は、一見愛情深いように見えても、結果として部下をダメにしてしまいます。
部下がミスをした時、ちゃんと叱れない人いますよね。
ええ、当社にもいる気がします。
嫌われたくないから?
言うことを聞いてくれなくなると困るから?
パワハラだとかって責められると面倒だから?
でもそこできちんと指導しておかないと、後に困るのは部下の方です。

逆に信念を持って厳しく指導する上司は、一時的には煙たがられるかも知れませんが、長い目で見れば部下を大きく成長させることになります。
はい、こちらも当社にもいると思いますよ。
一見損な役回りですけどね。
「小うるさいことばっかり言ってるな」なんて思われても、自らの職責としてそれを全うしなければなりません。
それは自分の為に言っているんではないんです。
その相手、或いはそのチーム全体の為に言っているんですよ。

甘い顔ばかりしていても信頼関係の構築は出来ません。
仲良しこよしの友達ごっこでは、良い仕事なんて出来るわけないんです。
そんなのはチームワークではありませんよ。
それでは個人としても組織としても、成長することは出来ないと私は考えます。

 

 ミスマッチ

 

 

 部下との関わり方が信頼関係の構築には大切なのですが、実際にはそれが難しいんですよね。
近すぎてもダメ、遠すぎてもダメ・・・
同じように伝えたつもりでも、相手によっては違ったように伝わってしまう。。。
そこで私は、相手の成熟度に応じて関わり方を変えるようにしています。

相手の成熟度が低い場合は、「教示的関与」をします。
いわゆるマイクロマネジメントです。
とにかく細かく指示をして、手取り足取り指導します。
出来栄えのチェックもマメにして、報告を求めたりもするでしょう。

ある程度成熟している相手の場合は、「説得的関与」をします。
目的や考え方を説明し、方法やノウハウを教えた上で、少しずつ仕事を任せていきます。
失敗することが分かっても、敢えて放っておいたりすることも・・・
疑問に答える程度の関わりとして、本人の自主性や創造性を伸ばせるようにサポートします。

成熟度の高い相手の場合は、「参加的関与」をします。
問題解決や改善策、今後の方針なども一緒に考えて、マネジメントに参加してもらうようにします。
この時点では、自分の意見もちゃんと主張出来るようになっていないと困ります。
「で?自分はどうすべきだと思う?」
って私も質問したりしますからね。

最終的に自立出来ている相手には、「委任的関与」をします。
もうこの時点では、基本的に私は口も挟まなければ手も出しません。
相応の裁量を与えると同時に責任も付与します。
時に私と議論することもあるかも知れませんが、それは信頼の証でもあるんですよね。

成熟度のフェーズをよく見極めて、相手との関わり方を考えなければなりません。
そこにミスマッチがあると、お互いに不平不満を持つようになり、ストレスを抱えるだけですから・・・
例えば「成熟度の高い相手」に「教示的関与」をしてしまえばどうか。
或いは「成熟度の低い相手」に「委任的関与」をしたらどうなるか。
想像に難くないですよね。

それぞれのフェーズに応じて正しく関わりを持つことが、信頼関係の構築に繋がるんだと思います。
それが出来なければ・・・
信頼を得ることは難しいんじゃないかな。。。

 

 

 リーダーの役割を果たすのは、なかなか難しいものです。
昨日もあるスタッフとそんな話をしましたが、今もそんな壁にぶち当たっている人はいます。
実際その壁を越えられずに、自ら役職を降りたいと申し出てきた人もいましたね。
結果逃げ癖が付いてしまって辞めていった人もいます。

もちろん向き不向きもありますから、半分は任命権者である私の責任です。
誰もがアジテーターやリーダーになれるわけでもありません。
でもね、越えて欲しかったなぁ・・・
今その壁と相対している人は、是非とも越えて見せて欲しいと思います。

いい加減だと言い訳が出る
中途半端だと愚痴が出る
一生懸命だと知恵が出る

なんて言うじゃないですか。
言い換えると、「忙しくて」「人がいないから」「言葉が伝わらなくて・・・」なんて言い訳しているうちは「いい加減な仕事」でしかないんです。
「指示したのに言うことを聞かない」「教えた通りに出来ない」なんて愚痴ばっかり言っているのは、仕事が「中途半端」な証拠。

一生懸命やっていたら、何らかの知恵は絶対に出るものです。
まず自分が諦めずに必死に考えて、懸命に行動すれば、必ず答えは出る。
そしてそれは部下やチームだけでなく、自分自身も成長させてくれるものだと思います。

答えの無い問題ですし、その解答が正解かどうかが分かるのにも時間が掛かってしまうかも知れません。
でもやるしかないなら闘う他ないんです。
私もサポートしていくので、頑張ってその壁を乗り越えてやりましょう。
藻掻き続ける人のことは、私は絶対に見捨てませんからね!

 

 

 

 

 

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