
今やすっかり”オジさん化”が留まることを知らない私。
最近では髪や髭にも白い部分が目立ち始め、老眼も進行してきていて「そろそろ眼鏡が必要かも・・・」なんて状況です。
でもね、そんな私にだって当然「若かりし頃」という時代はあるわけですよ。
今となっては遠い昔の話・・・ですけど。。。
で、そんな若かりし頃の私によく降りかかってきたのが「最近の若いのは・・・」なんて言葉。
まあ面と向かってはっきりと言われることは少なかったですけどね。
でも「一昔前なら・・・」「俺が若かったころは・・・」なんて言葉の裏返しに、そういった意図を感じさせる言葉を多く受けたのは事実です。
私自身「なに言ってんだこのジジイ!」なんて反発心を抱くことも、正直に言うとありましたよ。
でも大概そういう時は「あんな風に歳は取りたくないなぁ・・・」なんて思っていたものです。
翻ってその”ジジイ”となった私。
そのままの言葉を発することは無くとも、それに類するようなニュアンスの言葉は口にしてしまっているかも知れません。
これはやっぱりダサいよな・・・
カッコ良いオジさんになるつもりだったんですけどね。。。
どっちもどっち・・・

ただそんなことを思うにつれ、引っ掛かったことがあるんです。
「今どきの若い奴は・・・」なんて言う人は未だに居るわけですが、一方で「今どきのジジイは(もちろんババアも)・・・」って 話もよく聞く気がします。
だって「老害」なんてワード、最近よく耳にするようになった気がしません?
確かに上の世代も、一昔前に比べたら(なんだかなぁ・・・)って人多いんですよ。
政治の世界なんかは顕著だと思いますよ。
「今それ言う!?」みたいな発言で辞任した大臣、最近もいましたしね。
理念も無く、決断力や実行力に欠け、大局的な視点で物事を見ることが出来る人なんて、残念ながら今の政治家には皆無です。
国民の代表である国会議員がそんな程度なんですから、普段接しているそこら辺のシニアの方の程度だって知れているっていうもの。
いや、もちろん全部が全部じゃないですよ。
私にだって心から尊敬する方も少なからずいらっしゃいます。
ただ「なんだコイツ・・・」みたいな人はやっぱり多いんです。
今朝のルークの散歩のときに出会ったオバちゃんもそうです。
私たちはその柴犬を連れたオバちゃんの50m程後ろを歩いていました。
でもね、なんかおかしいんですよ。
そのオバちゃん、明らかに手ぶらなんです(※注 「手ブラ」じゃないですよ!)。
いやいや、お前の犬は💩せんのかい!!
追いかけていって怒鳴りつけてやりたい気分になってしまいます。
確かに、ひょっとしたら愛犬の💩も愛おしいと素手で拾い、ホカホカのヤツを”生”でポケットに入れて帰るのかも知れません。
ただそれはそれで、やっぱり「どうなの!?」と思ってしまいますよね。。。
つまり何が言いたいのかというと、「どっちもどっち」なんですよ。
「最近の若い奴は・・・」なんて言っている方も、大抵大したことないんです。
若い奴も年寄りも、どっちもどっち・・・
と言うか、そもそも私たち日本人全体の「質」が低下してしまっているんじゃないか・・・なんて思えて仕方ないんですよね。
仕事でもそういう思いに駆られることがよくあります。
もちろん全ての取引先や関係者が・・・というわけではありません。
少なからず優秀な方も中にはいらっしゃいますよ。
でもね、仕事の取れない営業マン、修理の出来ないサービスマン、管理のできない管理職、運転が下手なドライバー、技術の無い技能工・・・
やっぱり全体的な「質の低下」は否めません。
長いことこの仕事をやってきて、それなりに多くの人と接してきたから感じるんです。
比較するものでないことは百も承知ですが、それでもどうしても思ってしまうんですよね・・・
「前の担当者はこうだったのに・・・」
「今まではそうしてきたのに・・・」
んんんんん・・・
そんなことでこの国は大丈夫なんでしょうか。。。
関わり方

世代に関わらず「質の低下」はやはりあるのだと思います。
まあそれが全く無関係の人であるなら、「アラアラ可哀そうに・・・」って具合に生温かく見守っていれば良いだけの話。
でもそれが利害関係にある人であったり、一緒に仕事をする仲間、或いは上司や部下であった場合は、それをそのまま見過ごすことは出来ません。
なんとかしなければ、こちらまで実害を被ってしまう可能性だってありますから・・・
しかし「相手を変える」というのはなかなか難しいものです。
「変わる必要がある」と感じていない人が相手なら尚更難しくなりますよね。
ましてやこのご時世です。
”ハラスメント”という言葉を恐れるあまり、相手との関わり方や距離感を見失ってしまっているような人もいるのではないでしょうか。
現に社内でもそんな声をチラホラ聴くことがあります。
言い過ぎてもダメ、でも言わな過ぎてもダメ・・・
当然相手のある話ですから、「これが正解!」というものはありません。
もちろん私自身にも色々と迷いみたいなものは有りますよ。
よって上手くいく場合もあればそうでない場合もあります。
ただそれでも私はその「質」を上げる努力は惜しみません。
組織を構成する「個の質」の向上は、「組織全体の質」の向上に直結するものです。
私はその「質」を「成熟度」に置き換えます。
そしてその成熟度の段階を
① 成熟度が低い
② 成熟度が中程度
③ 成熟度が高い
④ 自立(自律)出来ている
の4段階に分けます。
そしてその段階に応じて、①~④に対する関与の仕方を変えています。
Ⅰ 教示的関与 : 監視下のもと細かく指示をして、手取り足取り指導する
Ⅱ 説得的関与 : こちらの考えを理解してもらい、困った時には助け舟を出す
Ⅲ 参加的関与 : 課題解決やより良い方法を共に考え、自主的な行動を促す
Ⅳ 委任的関与 : 権限と責任を与え、可能な限り口も手も出さない
といった具合です。
①の対象者にはⅠの関与、④の人にはⅣの関与。
こう考え方を整理すれば、関わり方を間違うことは無いはずです。
③以下の人にⅣの関わり方をすれば、それはただ無責任な放置プレイに過ぎません。
逆に④の人にⅠの関わり方をすれば、いわゆる「マイクロマネジメント」となって”指示待ち人間”が出来上がってしまいます。
なかなか難しいですけどね。
もし今人との関わりに迷いのある人は、一度試してみる価値はあるんじゃないかと思いますよ。
最近社内でも耳にしましたが、質の低下を嘆くばかりでは、結局何も変わらないんです。
そもそもその質というものにしても、見る主体によって違うものですからね。
本人が必死にやったことであっても、他から見たらまだ必死さが足りない・・・ということもあるでしょう。
得意・不得意もあれば、能力的なリミットもあります。
全員に100mを10秒で走れと言っても、それは土台無理な話ですよね。
だから相手の質(成熟度)に応じてこちらが変わるしかありません。
そうすれば双方仕事がやり易くなるんじゃないかな・・・
今Ⅳでやってダメなら、Ⅲの関わり方に変えてみるのも一つの手です。
そうしたら今抱えている大きなストレスも、少しは緩和できると思いますよ!