
「良い職人とはどういう人ですか?」
もちろん答えは一つではありません。
「正確無比な仕事ができる」
「唯一無二の技能を持っている」
そんな価値観の人もいるかも知れません。
「他人の何倍ものスピードで製作できる」
「会社に大きな利益をもたらすことができる」
そういう会社だってあるでしょう。
人によって、会社によって求めるものが違う以上、それぞれ違いますよね。
では私の考える「良い職人」とは。
私もそれなりに長く製造業に従事しており、同じくそれなりにたくさんの人も見てきましたので、私なりのモノサシは持っているんです。
それは・・・
「引き出しが多い人」です。
その製品の製造に対し、或いはその仕事が要求する事柄の実現に向け、最善手を選択できる能力・・・と言うのかな。
簡単に言うと「応用力」みたいな感じでしょうか・・・
選択肢をたくさん持っていて(もちろんそれを実行できる技能も持っている前提で)、その数多くの手段から最も正確で効率的な手段により、仕事を完遂する能力。
その能力がある人こそ、私は「良い職人」だと考えています。
飯炊き3年・・・

少し前に、某著名実業家の方の「十年も修行する寿司職人は馬鹿」という発言が再炎上していました。
元々の発言は10年ほど前のもので、今回はそれをまたほじくり返して再び着火した感じ・・・
「イケてる寿司屋はそんな悠長な修行はしない」
「センスの方が大事」
「そんなこと覚えるのに何年もかかるヤツが馬鹿ってこと」
それが正しいかどうかは人それぞれですし、どう考えるかは自由です。
寿司職人の世界では「飯炊き三年、握り八年」なんて言うんだとか。
一人前の職人になるまで、11年以上は掛かるということらしいですね。
「一年間は皿洗いだけ」みたいな期間があると、もっと掛かってしまうのか・・・
まあうなぎ職人の世界では「串打ち三年、裂き八年、焼き一生」と言われているらしいので、それよりはマシか。。。
まあその実業家の方は毎度言葉が”強い”ので、どうしても反発を受けやすいんですよね・・・
ただそれが「固定観念に囚われているヤツは馬鹿」という意味だとするならば、結構私的には同意できる部分が多いんです。
だって人によっては、2~3年で一流の職人と遜色ない寿司を握れる様になる人だっているはずですからね。
それは人並外れた努力によるものかも知れませんし、持って生まれたセンスかも知れません。
それを「まだ炊飯を1年しかやっていないから・・・」みたいな理由で”蓋をする”様なことがあれば、私もやはり「ナンセンスだなぁ・・・」と思う気がします。
それに最近は短期間で寿司職人を養成する専門学校みたいなのもあったり、他の料理を専門としてきた料理人の方が寿司屋をやるケースもあったりします。
別に修行を何年やっていようが(やっていなかろうが)、お客さんが喜ぶ寿司を握ることができるのなら「一人前」の寿司職人を名乗ってもいいんじゃないかと思うんです。
そもそも多くの職人の世界では、いわゆる士業(弁護士や税理士など)の様な前提条件となる「資格」はありません。
極論を言えば、明日私が寿司屋を開店して、自らが板場に立って寿司を握って御代を頂けば、私だって寿司職人じゃないですか。
”言ったもん勝ち”みたいな部分はありますよね。
ただその寿司が不味ければ、お客が入らず店が潰れるだけです。。。
現に当社にも、過去に一流の職人を気取った経験者の方が入社してきたことは何度もあります。
そしてそんな人の中には、作業はある程度できても滅法手が遅い、作業は早いがミスが多い、前職でやってきたものと似たような作業はできるものの不慣れなものには全く対応できない・・・みたいな方はたくさんいました。。。
まあいいんです。
ただそういう人がどれだけ”職人風”を吹かせたところで、私は全く評価することが出来ないだけですから。
で、そういう人は気付けばいつの間にか居なくなっているものです。
そういう意味では、回転寿司の店員さんだって寿司職人を名乗るのは自由。
寿司を提供して対価を得たのなら、その時点でそれはプロの仕事であり、職人なんです。
ただその人が、銀座のすきやばし次郎みたいなところへ転職したって通用するはずがありませんよね。
求められるものが違うのですから、それは仕方のないことです。
頂
そこら辺の低山にハイキング程度に登るのも、世界最高峰のエベレストに登るのも、何れも「登山」に変わりありません。
だから「私は登山に行きました」とどちらが言っても、そこに「嘘」は無いんです。
ただ目指す頂が違う・・・というだけ。。。
でもその頂が違えば、背負う装備はもとより、必要となる知識や経験、技術は違って当然。
そしてそれは職人の世界でも同じです。
自らを職人というのは自由。
でもありふれた職人と良い職人には、決定的な違いがあるのも事実なんです。
それが「目指す頂」の違いなんだと思います。
例えば機械を使った仕事。
最近の生産機械はすごく”お利口さん”なので、知識や経験が無くても、操作さえ覚えてしまえば未経験者でもある程度のことは出来ます。
汎用的な機械であれば、「プログラムをバーコードで読み込んで、スタートボタンを押すだけの簡単なお仕事です」って具合に、あっという間に一人前のマシンオペレーターが出来上がるんです。
もちろんその全てを否定するつもりはありませんよ。
機械化することには属人的な仕事を排する意味もありますので、人の能力に関係なく、誰がやっても同じ質、同じ量の仕事が出来るために必要だという側面もあるのです。
ただ、そこまでならありふれたマシンオペレーターに過ぎません。
良いマシンオペレーターの頂はまだその先にあるんです。
それは段取りであったり微妙な調整であったり、トラブルシューティングであったり・・・
トラブルが発生したらメーカーを呼んで修理して一件落着。。。
それで済ませてしまうのは、私の求めるオペレーター像ではありません。
当然できることとできないことはありますが、何かトラブルがあれば現象や過去トラから原因を推定し、様々な調整や可能現の修理をしてそのトラブルの影響を最小化する・・・
またトラブルが解消した後も、同じことが再発しないような対策を取って機械の安定稼働を図る・・・
そこまでやってこその「良いマシンオペレーター」なんです。
ただバーコードを読み込んでボタンを押すだけ・・・
そんな仕事は「機械に使われているだけ」ですよ。
良い職人の仕事とは言えません。
もちろん最初はそれで構いませんけどね。
でもそこは我々の目指す頂ではないんです。
それを意識して日々の仕事に取り組んでもらえればと思います。。。
そういう意識を持って日々の仕事に取り組むと、それによって積み上げられるものが必ずあるんです。
それが知識とか経験とか技術だったりするわけですが、その積み上げこそ良い職人の必須条件だと私は考えます。
それが無ければ、冒頭の「引き出し」を数多く持つことは出来ませんからね。
その為にも、日常的に高い目的意識と強い問題意識を持って仕事に取り組む必要があります。
自分の現在地を知り、到達すべき頂を正しく見据えていれば、自ずとそうなるはずです。
そして何より、そういう意識で仕事をした方が、毎日の仕事が面白くなるんじゃないかな・・・
そうして積み上げたものは、その人の財産であり、同時に武器でもあるんです。
私たちはそういう「良い職人」の集団で在りたい。
そう強く願っています。