
「逃げる」というと、割とネガティブな印象を持つ人が多いですよね。
でも時にそれは自分自身や自分の大切なものを守るために、必要な選択肢となる場合も現実にはあります。
例えば何かにチャレンジする時、猪突猛進で一点突破出来れば良いですが、少しでもリスクがあるなら二の手三の手を考えておくことは必要ですし、「逃げ道」も同時に準備しておいて引き際も考慮しておいた方が安全です。
もちろん「ここ一番!」という局面では、退路を断つ覚悟も必要ですけどね。。。
今や交通事故による死者数の10倍近い人が自殺しているというのが現実社会。
気合いだ!根性だ!の精神論でなんでも乗り越えようとするのでは、正に今の時代、或いは今を生きる人たちの価値観に馴染まなくなっていると思います。
例えば登山。
「迷ったら引き返せ」というのはその界隈では当たり前の話だそうです。
降りることと登ることの「価値」は等しく、無理だと判断して下山することは「負け」なんかじゃない。
そりゃあそうですよね。
(せっかく苦労してここまで来たんだから・・・)なんて言って無理をした結果、戻ってこれなければ意味がありませんから・・・
ただ、麓から山を見上げただけで、怖気づいて登ろうとしないってのはどうなんでしょう。
その山には登る価値や必要性があると知りながら、始めから出来ない理由を並べ立てたり言い訳ばかりを言い連ねるのって、私の哲学や価値観からすれば「ダサい」の極みなんです。
ましてやその「山」が、命を取られる様なものでもなければ、何かを失う様なものでもない場合、それに挑もうともせずに背を向けるのは「必要な逃げ」なんかじゃありませんよね。
ハードル

繰り返しになりますが、全ての「逃げ」の行為を否定するわけではありません。
ただ、何も成そうとせぬままに逃げを打つのはあり得ないと思っているだけです。
でも残念ながら、実際そういう性質の人ってたくさんいますよね。
それは学校だったり職場だったり、私自身もたくさん接してきました。
そしてそういう人に限って、事を成そうとしている人やその事柄自体を否定したり、成そうとして上手くいかなかった人を嘲笑ったり、「俺はやらなかっただけで、やろうと思えばできたんだけどね」なんて粋がってみたり・・・
そういう人を見ると、「なんだかなぁ・・・」なんて思っちゃうわけです。
そりゃあ逃げたくなる事なんていくらでもありますよ。
ストレスから・・・
責任から・・・
プレッシャーから・・・
嫌な想いをすることから・・・
苦手なことから・・・
誰だってそうですよね?
みんなが100m走を9秒台で走れるわけありません。
みんなが160km/hの剛速球を投げれるわけもありません。
それが出来るのは、それをやろうと努力をした一握りの人だけです。
でももしそうしたい、或いはそうする必要があるんだとしたら、まずはやろうと努力しなければなりません。
結果できなかったら?
悲観する必要なんてありませんよ。
やれるだけのことをやったのであれば、胸を張ってケツを割れば良いじゃないですか。
「やるだけやったけど無理でした!」って。
何よりも、やろうと努力し切ることが大切なんです。
例え結果が付いてこなくても、その時点でもう既に何かを得ている筈ですからね。。。
なんだか、逃げを打つタイミング、そのハードルが下がってしまっている気がするんです。
「逃げるのは悪いことではない」ということを拡大解釈して、嫌なことに立ち向かう前にケツを捲って自分を正当化しちゃうんですよね。
いやいや、せめてファイティングポーズぐらいはとりましょうよ・・・
相手に背を向けて逃げ回り、きれいな顔でリングから降りてきた敗者に、拍手を送る人なんて一人もいないはずですから。
訓練

私は学校の勉強は嫌いでした。
誰もがそういう思想に至ったことがある様に、私自身も「どうせこんなの何の役にも立たねぇんだし・・・」と考えていたからです。
でも大人になって、仕事をするようになって気付いたんです。
何の為にあんな勉強をする必要があったのかって・・・
まず一つの理由は、「答えを見つける訓練」だったんだと考えています。
社会に出てから立ちはだかる「問題」には、なかなか100の正解はありません。
それにその「解答」で良かったのかどうかなんて、数カ月、数年後にしか分からないなんてこともザラにあります。
でもその問題に立ち向かい、何らかの解答を導き出さなければならないんです。
そして間違えば、金銭や時間、自身の将来や周囲の信頼など、何か大切なものを失うこともあり得ます。
だから子供の頃には〇か✖かがはっきりする問題、そして答案用紙に照らせばすぐに正答が判明する問題に取り組んで、答えを見つける訓練をするんです。
大人になってから立ちはだかる問題に対しても、答えを求めて立ち向かう為に・・・
そしてもう一つの理由は、嫌なことから逃げ出さずに「粘り強く取り組む訓練」です。
小、中学生ぐらいなら、恐らくそんなに努力なんてしなくても、地頭の良い子ならそれなりの成績は取れたと思いますが、高校生ぐらいになるとなかなかそうもいきません。
やった人とやらなかった人の差は広がる一方です。
でも社会に出たらその差はもっと広がり、それが実質的な給与などによって表面化してしまいます。
だからその為に、嫌なことからも逃げずに、粘り強く取り組む訓練が必要なんです。
子供の頃の点数の良し悪しで、子供自身が直接的に被る損害はそれほどありません。
でも大人になってからは、やったかやらなかったかで、その差は子供の頃には想像もつかなかったくらいに広がってしまう訳ですから。。。
10月から新しい期になり、30代の管理職のスタッフが新たな課題に頭を悩ませています。
昨日も一昨日も、その件で打ち合わせをし、少しづつその解答への道が開けてきた様子です。
私はその様子を見て、すごく嬉しく思うと同時に、頼もしささえ感じています。
その解答の形はどうであれ、今そうして考え抜いていることが、きっと君たちの財産になるんだと思いますよ。
もちろん私も徹底的に付き合います。
私にもそれが正答なのかは分かりませんけどね・・・
ただもがき続けている限り、私は絶対に見捨てることはしないし、何が何でも引き上げてやろうと力を尽くすつもりです。
でも自身がもがくのを止めてしまったら、溺れて沈んでいってしまいます・・・
そうなると、私にはもう引き上げる術が無くなってしまいますからね。。。
あと少し、一緒に頑張ってみましょう!