
何らかの目的や手続きの為に定められた規則、物事を行う上で守るように取り決められた約束事、それが「ルール」です。
各々がそれぞれバラバラの方法で行っていたのでは、目的の達成も様々な手続きもままなりません。
そして一度取り決めたルールなら、そのルールを守る必要があります。
例えばあなたが誰かと約束をしたとして、相手がその約束を破ってばかりいたらどうですか?
どこかでその人を信頼できなくなるだろうし、いつかそんな人との人間関係なんて破綻してしまうものです。
見通しの良い交差点。
周りを見渡しても、人も自転車も車もいません。
目の前には「止まれ」の標識。
しっかり左右の安全確認をし、十分に速度を落として交差点に進入・・・
「ピピピピピー!」
一時不停止の違反です。
「歩行者も車も全くいないし、事故なんか起きるわけないだろう!」
「減速して安全確認も十二分にしたんだから問題ないだろう!」
言いたくなる気持ちは分かりますが、そんな言い訳は通用しませんよね?
納得できるかどうかなんて関係なく、ルールはルール、違反は違反です。
ただ
「他にも停止していない車はいるじゃないか!」
「俺は今までもずっと停止していなかったけど、一度も事故を起こしていないからいいじゃないか!!」
「っていうかさ、そもそもここで一時停止する意味あるの?」
というのはちょっと酷いですね・・・
「ルール」に対する認識がそんな風では、品位とか知性、人格までもが疑われてしまうというものです。。。
守らない理由
どんな理由があっても、それが「ルール」ならば守る事が必要です。
約束事ですからね。
最初から「約束は破っても良い」と考える人なんていないはずです。
「急いでいたから赤信号を無視した」
「どうしても欲しかったけど、お金が無かったから盗んだ」
「憎くて仕方なかったから相手を刺した」
事の大小ではありません。
赤信号では停止する、人の物を盗ってはいけない、人を傷つけてはならない・・・そう決まっているからそうしてはいけないんです。
理由があったから良いなんてことにはならないんですよ。
ルール違反をした人を問い正した際、
「置き場が無かったからそこに置いた」
「慌てていたから手順を変えた」
「急いでいたから確認をしなかった」
といった具合に、「守る事が出来なかったんだ」と言い訳をしたり、守らなかったことを正当化しようとする人がいます。
でもどんな理由付けをしようが、ルールと決めたのなら守る必要があります。
だってそんなことをいちいち許容していては、そもそもルールなんて成り立ちません。
置き場が無い時はどこにどのように置いても良い、慌てている時は順序を変えても良い、忙しい時は確認しなくても良い・・・
そう定義しているなら別ですよ。
でもそんな訳無いし、そんなのルールになりませんよね。
だから私は
「いやいや、そんなことは聞いてないのよ」
となってしまいます。
守らなくて良い理由などないのですから。。。
ただやっぱりそういう時に
「置き場がないから仕方ないじゃないですか。じゃあこの上に置いても良いんですか?傷ついても知りませんよ?」
「手順通りにやらなくたって、問題が発生しなければ良いじゃないですか」
「そんなルール通りにやっていたら、期日なんて守れなくなりますけど良いんですか?」
なんて言う人も、残念ながら居たりするんですよねぇ・・・
実に低レベルです。。。
そういう人は、先ほど例に出した一時不停止で違反切符を切られた場合なんかでも
「こんなところで停止したら、後続車に追突されるかもしれないじゃないですか」
「約束の時間に遅れてしまったら責任取ってもらえるんですか?」
って警察官に言うんですかね。
それがまかり通ると本気で思っているのなら、その人にはちょっと別の問題がある気がしてしまいます。。。
「でもあの人だって守ってないじゃないですか」
「今まで問題なかったんだから、別にいいじゃないですか」
「そもそも守る必要あるんですか?」
そんなことを言っていては、その人自身が信頼を失うだけですよ。
適切性
決めたことは守らなければならない。
ルールは約束事であり、守らなければ信頼を失う。
言うまでもなく当たり前のことです。
だからこそ、そのルールの「適切性」が重要になります。
例えば守る事が”出来ない”ことをルールにしたって、守られるわけありませんよね。
守れる人と守れない人がいるなら、それをルールにしたって守ることはできません。
全員が等しく守る事が出来る必要があるんです。
最近よく耳にする「ブラック校則」だって、違法性があるものでなければ、決まっていてそこに所属しようとする以上は、守らなければなりません(「どの口が言ってんだ!」なんて言わないでください・・・)。
もちろん違法性があったらダメですよ。
労働基準法に反する就業規則、そんなものは守る必要はありません。
そういうものがあるなら変更するように働きかけるべきだし、それでも変わらないならそんな会社はさっさと辞めてしまうべきです。
そういう意味でも「適切性」が必要なんです。
だからそのルールを決めるに当たっては、相応のエネルギーを持って真剣に考えなければなりません。
ルールにだって「目的」がありますからね。
ルールを守っても目的が果たせないなら、そのルール自体の妥当性を疑う必要があります。
例えば取引先からの要求事項が変わり、これまでのルールでは対応できなくなった・・・
そんなこともよくあると思います。
そうなれば、当然その要求事項に応え得るルールに改訂していかなければなりません。
でないとルールそのものが無意味なものになってしまいますからね。
ルールは守らなければなりません。
でもその内容が適切なものでなければ意味がありません。
そしてルール自体が適切でなければならない理由がもう一つあります。
それはそのルールを課されるメンバーの「納得感」です。
納得できないルールであっても、決められた以上は守らなければなりません。
ただメンバー自身が納得できていないルールを運用し、維持していくのはとても難しいと思います。
だから運用する側は
「なぜそうしなければならないのか」
「なぜそうしてはいけないのか」
「それを守る事でどんなメリットがあり、守らなければどんなデメリットがあるのか」
これらを正しく理解し、自らの言葉でメンバーに伝えなければなりません。
納得感を得る為に。
間違っても「上が決めたことだから仕方ない」なんて言っていたら、納得感なんて得られる筈ありませんよ。
「ルールはルールだ!」なんて大声で言ったって、守られるのは一時的で、すぐにそんなルールは形骸化してしまうものです。
「ルール」というと、「窮屈な感じ」や「縛られるイメージ」など、ネガティブな印象を持つ人も多いと思います。
私自身も、不要なルールならば出来るだけ減らしていきたいし、ルールは少ない方が良いと考えています。
でも適切性と必要性があり、目的が明らかなルールであれば必要だと思うし、決めた以上は徹底して守るべきだと思っています。
確かにルールを守り、維持していくことは難しいことです。
だけどメンバーの認識を合わせ、信頼関係を醸成し、目的を達成する為には「徹底してルールを守る風土」は必要不可欠なんじゃないでしょうか。
最近その辺りが少しルーズになっているなぁ・・・と思うことがありました。
今一度気を引き締めて、凡事徹底やっていきたいものです。
その為にも、まずは管理者自身がルールを守り、日々姿勢を正して業務に当たらなければなりません。
そしてルールが守られていなければ、何度でも指導して理解をしてもらう必要があります。
見て見ぬふりするのは、ルール違反を容認しているのと同義ですからね。
いつも言っていますが、「言ったから伝わっている」「教えたから理解されている」「決めたから守られる」というのは、甘い考えですよ。。。