誰が為

 

 

 営業再開から二週間。
今回は例年になく長い休みだった方も多いかと思いますが、日常のリズムは取り戻せているでしょうか・・・
一度狂ったリズムを取り戻すのは、なかなかに難しいものではないかと思います。
だって人間は「慣れる」生き物ですからね。。。

さあ今日から平常運転だ!
誰だって、そう簡単に切り替えられるものではありません。
そしてそういう状況は、人をストレスフルな状態に陥れてしまうものです。

上手くいかないこと、思うように事が運ばないことに苛立ってしまったり、他人のダメなことや嫌なことばかりが目について腹が立ってしまったり・・・
いつもならスルー出来ることも出来なかったりで、モヤモヤしてしまうことも多いかと思います。

実際私も、今週に入ってからそんな愚痴や悩みを聞く機会が何度かありました。
いや、それを責めるつもりはありませんよ。
誰でもそういう心持ちになることはあります。
寧ろそれは責任感や使命感の裏返しだったりもするわけです。

今回はあるスタッフとそんな会話をしていた時に感じたこと、話した内容について。
私がそのスタッフに話した内容は、その人に限ったことでは無いんじゃないかと思ったんです。
そこでそれをここに書くことで共有出来たらな・・・なんて思いました。
これが何か気付きのきっかけになったり、少しでも前向きに考える後押しになったり、誰かの心に平穏 
                                                                                              をもたらすことが出来ることに繋がれば幸いです。。。

 

 

 矛先

 

 ルールが守られていない、何度言っても伝わらない、やるべきことがやれていない・・・
そういうことが頻発しているような職場では、仕事も円滑に進められるわけありません。
仕事は一人でやるものではないですから、チームとしての仕事に支障を来たしてしまうことは明らかです。

ですからそういうことがあれば、適宜指摘、指導して是正を求めなければなりません。
だってそういうことを放置したり黙認してしまえば、あっという間にチームは崩壊してしまいますからね。
そんなゆるゆるの職場では高い生産性を目指すことなんて到底不可能だし、一生懸命真面目に仕事に取り組んでいる人の”やる気”を削ぐきっかけにもなり得ます。

だから私も、それを「許容する」ことを良しとはしません。
「ダメなものはダメ」、それが秩序を維持するためには必要不可欠だからです。
何でもかんでも縛り付けるのも良くないですが、「決められたことを守る」ことは仕事だけではなく、日常生活に於いても常識的なことだと思います。

 

 ただそれが出来なかったとき、その矛先が「個」に向かうことはよくありません。
潰すべきは「事柄」だからです。
「誰が」したかではなく、「何をしたか」ですよね、問題は(故意によるものなどは取り敢えず置いておきます)。

だから、性別や国籍、社歴や雇用形態などで差をつけてはならないんです。
そういうのはハラスメントにも繋がりかねませんしね。
ましてや個人的な「好き嫌い」でものを言うことなどあってはならないんですよ。
相手が誰であっても、しでかしたことが同じ事柄なら、同じように同じ言葉で指導すべきです。

 

 

 許すこと

                                                                                  

 

 「あの人はいつも・・・」「この前だって・・・」と不満を漏らす人もいます。
いや、気持ちは分かりますよ。
私だって「何度言ったら・・・」なんて気持ちになってしまうこともあります。

でもそれ以前のことまで持ち出して「個」を非難するのは、どうも行き過ぎな様に感じます。
それはもう「好き嫌い」で言っているのと同じじゃないですか。
過去のことも引っくるめてしまうと、同じ事柄についてでも相手によって態度が変わってしまいますよね。

 

 私は時に「許すこと」が必要だと思うんです。
あ、それは何もその不始末を容認するということではありませんよ。
何度だって言いますが、ダメなものはダメなんですから。。。

私の言う「許す」とは、「自分の感情をリセットする」という意味です。
相手の為に許す「慈悲」ではなく、「負の感情に支配されている自分の心を開放する」ことを目的に、自分自身の為に許すんです。

怒り、嘆き、恨み、憎しみなどの感情は、溜まれば溜まるほど増幅するもの。
そしてそうなると自分では自らを客観視することが出来ず、感情もコントロールできなくなってしまいます。
そうなると、その人の言葉はただの「好き嫌い」からの言葉に過ぎません。

だからこそ「許す」ことが大切なんだと思います。
そのうえで冷静に、公平に事に当たらなければなりません。

そうすると、それまで見えなかったことも見えてくるんですよ。
物事には表と裏、光と影があるように、どんな人にも悪いところもあれば良いところもあるんです。
やれていないこともあると思いますが、人一倍やっていることだってあるかも知れません。

「両眼で見るべき」
私はよくそういう言い方をしますが、片目をつぶって物事を見ていたら全体を見ることなんてできません。
その全体像、そして出来ればその背景まで見てあげられれば、また違う景色が見えてくるはずです。

 

 一度その人が「ダメだ」となったら、もうずっとダメ。
決めつけてレッテルを貼り、嫌悪の目でしか見れなくなってしまう・・・
そういう人いますよね。。。

そんな視野狭窄の状態では正しい判断なんて出来ませんし、相手の可能性と共に自分の方向性も狭めてしまうだけです。
「容認する」でも「諦める」でもなく、「許す」。
これが出来れば、一気に視野が広がるんじゃないかと思いますよ。

 

 

 

 

 誰が為に許すのか。
相手の為ではなく、自分の為に許すんです。

例えば隣国で続く政争。
あれ、今に始まったことじゃないんですよね・・・
現に政権交代後に訴追され、収監された大統領は何人もいます。
増幅された負の感情によって連鎖する争い、負の感情に支配された人々は、本当に醜いものです。

世界各地で今も続く戦争、歴史的な問題や宗教的対立も、「許す」ことが現状を打開するキーとなるんじゃないかと思います。
もちろん侵略や殺害は許されることではありません。
ただ負の連鎖を断ち切る為、相手の行為を許すのではなく自分自身を負の感情の支配から解放する為に、自らを許すんです。

それが平和な世界、豊かな社会、働きやすい職場の実現に繋がるんではないかな・・・
私はそう思うんですけどね。。。