二度と・・・

 

 

 私は子供の扱いが苦手です。
小さければ小さい程、もうどうして良いんだか分からなくなっちゃいます。
まあこういう性格ですので、そりゃあ不得意なものは仕方ありません。。。

 じゃあ子供は嫌いなのか?と聞かれれば、答えは「No」です。
むしろどちらかと言うと好きな方なんじゃないかと思います。
なので「声が聞こえるかどうかのギリギリの距離」くらいを保って、出来るだけ遠くから眺めていたい感じですね。
かわいいとも思いますし、何をしだすか分からないので、いつまで見ていても飽きません。

 でも今週、そんな幼い子供が不幸に見舞われる事件があったそうです・・・

 

 

 事故?

 

 まず最初に、今回の事件でお亡くなりになったお嬢さんの御冥福を心よりお祈り申し上げます。
またご遺族の方々につきましては、謹んでお悔やみ申し上げます。

 事の顛末は、

 5日午後、静岡県牧之原市の私立幼稚園「川崎幼稚園」に通う3歳の女の子が、送迎バス内で倒れているのが見つかり、女児は搬送先の病院で死亡が確認された。
 バスは5日午前8時半ごろに、女児を含む園児6人を乗せ、午前8時50分ごろに園に到着。午後2時10分ごろ、園からの送りのために駐車していたバスを出したところ、車内で女児が倒れているのが見つかった。
およそ5時間にわたり、車内に置き去りにされていたことになる。
5日は、70代の理事長兼園長が普段の運転手に代わり、急きょハンドルを握っていたとのこと。同乗していた補助の職員は、園児がバスに乗る際には個別に園児のチェックを行ったが、バスを降りる際には個別のチェックは行っていなかった。

 ということです。
本当に悲しい事件ですね。

また、

 事件当日、牧之原市の気温は30.5度、昼以降の湿度は70%で「より短時間で車内温度が上昇し、50度以上になったことが考えられる」という。
 バスの中からは、空になった女児の水筒が見つかっており、気温の上がった車内で飲料を飲み干した可能性がある。また発見時は上半身裸の状態で、異常な暑さのために、耐えきれず自ら上の服を脱いだとみられる。

 とも報じられており、本当に胸が痛みむばかりです。

 

 なぜ私がこの事件について書こうと思ったか・・・
それは、この事件について幼稚園が開いた記者会見を見て、猛烈に腹が立ったからです。
それはもう酷い、思い出すだけで胸糞悪くなるような内容でした。

 冒頭の園長(この事件を起こした張本人=運転していた当事者)の言葉で、私の怒りは一気に沸点に達しました。

「このような大変悲しい事故が起こってしまい・・・」

 はあ?
これはお前自身が起こした事件だろう?
なに他人事みたいな物言いしてんの?

 私は法律家でも専門家でもありません。
間違っていようが、誰が何と言おうが構いません。
でもこれって「殺人事件」じゃないんですか?

 挙句の果てにその園長は

「最近水分不足で喉がカラカラで・・・」

 いや、もう言葉もありません・・・
気温50℃以上の灼熱のバスに一人取り残され、暑さに耐えながら自ら服を脱ぎ、空になった水筒を片手に亡くなった園児に関する会見です。
(こいつ正気か!?)
そう思わざるを得ませんでした。

 恐らく寝てしまっていたんでしょう・・・
そして目が覚めた後、その子がどんな想いでバスの中に居たのか・・・
きっと友達や先生、ママのことを大声で呼んでいたんだと思うんです。
辛かったよな・・・
凄く怖かったよな・・・

 そこに想いが至らないのは異常じゃないですか?
にも関わらず、その園長や副園長は、時々薄ら笑いを浮かべながら、のうのうと会見をしているんです。
「お前らが殺したんだろうが!!」
そう思ったのは私だけじゃないと思うんですよね。

 

 

 問題点

 

 その後もこの事件に関する報道に触れ、私なりに感じたことがあります。
そしてそれは、私たちの職場にも通ずるところがあるんじゃないか・・・と考える様になりました。

 

 今回の事件を起こしたこの幼稚園について、私の立場やその視点から感じた問題点。
いくつかあるんですが、

  • 自分事として物事を捉えられていない
  • 自責で考えることが出来ない
  • 基本的なルールが守られていない

これらは本当に強く感じました。

 自分事化

 もう会見自体が終始そんな「他人事」みたいな感じでしたので、園長や副園長だけでなく、もうその職場自体の雰囲気がそんな感じだったんじゃないでしょうか・・・
「想像力の決定的な欠如」と言っても良いかも知れません。

 女児がいないことに気付く機会は何度もあったはずなんです。
にもかかわらず、誰も気付かなかった。
普通じゃ考えられないことが、事実起きてしまっている訳です。

 例えば園で子供たちを下ろした後「寝ている子がいるかも知れない」「忘れ物があるかも知れない」と考えられれば、園児が下りた後の車内を確認するはずですよね。
 朝の出欠確認や給食の時など、「登園」となっている子が来ていない事には気付いていたそうです。
そこで「何かあったのかも知れない」と考えることが出来ていれば、きっとこんな惨事にはなっていなかったはずです。
欠席の連絡は来ていないか・・・バスの搭乗チェックはどうか・・・
 「連絡なしでの欠席される園児もいた」という事ですが、それは違うんじゃないでしょうか。
だって「連絡なし」の欠席より、「連絡あり」での欠席の方が絶対に多かったはずです。
そして何より、本件の被害者の親御さんは「欠席の時は必ず連絡を入れていた」と言っています。
 例外的な事例に思考を寄せて「無連絡欠席なんだ」と勝手に決めつけてしまったこと自体、そういった思考がその園に蔓延し、風土化してしまっていたという実例なんだと思うんです。

 そして「自分事化」出来ていない最たることは、昨年9月にも、福岡県で同じように9時間車内に取り残された園児が亡くなるという事件が起きているんです。
その事件を受け、行政からも安全管理の徹底を求める通知が出ていたんだとか・・・
でもそれさえも、この園にとっては「他人事」、「対岸の火事」だったのでしょう。
「自分事で捉えられない」「想像力の欠如」から、「ウチでは起き得ない」なんて思考に陥っていたんだと思うんです。

 自責で考える

 また会見で感じたことは「自責で考えられていない」という事です。
「人手不足で・・・」「不慣れだった・・・」「補助員が確認しているものだと・・・」「連絡してこない親御さんもいる・・・」「年のせいで物忘れが・・・」などなど、人のせいにしたり責任を回避する様な発言が目立ちました。
 これも恐らく、この園では日常だったのではないでしょうか。
日頃から人任せにしていて責任の所在も明らかにせず、ミスがあれば人のせいにして言い訳ばかり・・・
責任逃れに終始するために、事の真因を是正することが出来ず、同じようなミスを繰り返す・・・

 組織として崩壊していますよね。
全く自浄作用も働いていません。
そしてそれは頭(トップ)を入れ替えれば済む話なんかでもないんです。

 ましてまだ自分を守る術もない、幼い命を預かる職場です。
その重責を担うだけの「覚悟」みたいなものを、園長を始めとした職員の方々は持ち合わせていたんでしょうか・・・

 凡事徹底

 基本的なルールさえ守られていれば、まず防ぐことのできた事件です。
乗降時のチェック、園児を下ろした後の車内確認、座席の消毒、出欠の確認、アプリの適正運用などなど、どれか一つだけでもちゃんとやっていれば・・・

 当たり前のことを当たり前にやる。
人的ミスの抑止や安全衛生管理をする上では必須ですよ。
 でも残念ながら、この園はその基本的なルールを守るという風土さえ持ち合わせていなかったということです。
これも恐らく、日常の積み重ねなんじゃないでしょうか。
この園では、日頃からルールが遵守されていなかったのであろうことは、想像に難くありません。
たぶん理由なんかないんです。
ルールを守らないことが、この園では当たり前だっただけなんです。

 

 そして事件は起きてしまった・・・
起こるべくして起きた事件です。
「不幸にも起こってしまった悲しい事故」なんかじゃない。
これは「殺人事件」なんです。

 

 

 翻って私たちの職場。
「自分事として物事を捉える」
「自責で考える」
「基本的ルールを守る」
出来ているかな・・・

モノづくりを生業とする企業として、そしてそれで飯を喰うプロの職業人として、その職責を全うするだけの「覚悟」を持って日々の職務に取り組めているかな・・・

ただただ悲しく、同時に腹立たしい限りの事件ですが、自分たちに照らしてみると、改めていろいろ考えさせられる事件でもありました。

 

 

 ともあれ、こんな悲しい事件が二度と起こらないようにして欲しいです。
起きてからでは遅いんです。
 どんな理由であれ、子供たちが被害を被る様な事件がこの世から無くなって欲しい。
そして子供たちの笑い声が溢れる世の中になることを、心から願って止みません。

 

 

 

 

 

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